出かけるときはカバンに本をしのばせている。
読む読まないは別として、「手を伸ばせばある」という安心感が心地よい。
今日は出かけてから本を忘れたことに気づいた。
空き時間ができたのでカフェに入ったが、さて、することがない。
SNSやメールのチェックなんか30秒もあれば済む。コーヒーの待っている間にケータイを触る必要もなくなった。
本もないとなると手持ち無沙汰だ。
手元に本がないと変にもぞもぞする。下着を履き忘れたような、服の裏表を逆に着たような落ち着かなさがある。
コーヒーをちびちび舐めながら往来を何ともなく眺めた。
楽しそうにおしゃべりする部活帰りの二人。
早足に通り過ぎていく紺のスーツ。
買い物袋を大事そうに抱えるご婦人。
これからどこに向かうのだろう。
眠りに就くとき、何を考えるのだろう。
本棚にはどんな背表紙が並んでいるだろう。
明日はどんな一日を送るのだろう。
10分後には顔も忘れている人たち。出会ったと呼ぶにはあまりに薄いつながりの人たち。
彼らには彼らの生活が続いていて、その延長線に私が重なる瞬間があるかもしれない。
顔見知りの人たちも、もしかしたら、以前会っていたかもしれない。
すれ違っていたことにお互い気づかないまま、はじめましてと挨拶する。
カミサマから見ると、可愛らしいお遊戯みたい。
私たちは毎日、誰かと縁を結んでいる。
本を忘れたおかげでそんなことを考えた。
今日、私は誰と縁を結んだだろう。
明日は、誰と縁を結ぶのだろう。