本読むうさぎ

生きるために、考える

詩に触れ、言葉を蓄え、心を育む


  

  やまと歌は人の心を種としてよろづの言の葉とぞなれる

 

古今和歌集の仮名序の出だしです。仮名序は現代でいうはじめに当たる部分。初めて本格的に和歌について論じた歌論として、教科書にも載っています。

 

やまとうたは、人の心を出発点として、さまざまな言葉となった。という意味です。

 

少し広げて解釈すると、詩歌というものは、人の心から生まれ、芽を出し、幹を太くし、枝を広げ、「言」という葉を茂らせる。やがて実を結び、また誰かの心に種を宿す。そうして場所を超え、時代を超え、人種を超え、詩歌は顔も名前もわからない誰かとつなげてくれるのです。

 

人は誰もが「詩情」をもっているといいます。 精選版 日本国語大辞典には「詩のもっている情趣。詩のもっている情緒的な雰囲気や気分」と載っていました。

 

散る桜に涙を流し、葉の緑に命の強さを感じ、暮れる夕日に寂しさを覚え、身を刺す風に現実を思い知らされる。誰もが一度は経験したことがあるのではないでしょうか。喜怒哀楽を感じるのは、みな心に詩情をもっているからです。詩というと難しいもの、言葉に詳しい人のものというイメージがつきがちですが、誰もが当たり前のようにもっている感覚なのです。

 

詩情は川のようなもの。流れは留まることなく、次々と生まれてはどことも知れず消えていく。詩情の水を吸収して心の種は育まれます。食事を摂ることで体が成長するように、詩情を摂ることで心は成長していきます。想像力や感受性が豊かな人は、感覚的にそのことを知っているのだと思います。

 

芸術とは詩情の川から思いを汲み上げる器です。言葉や音楽、絵画やダンスなど、器の形によって表され方は異なりますが、源流は同じものです。思いを表現する人は誰もが芸術家であり、中でも言葉を使って表す人を詩人と指すのです。単なる職業ではなく、生き方です。

 

詩とは詩情の川から言葉という器を使って思いを汲み上げたものであり、言葉という器を駆使する人を詩人と呼びます。

詩を読むと「ああ、自分が言いたかったのはまさにこれだ!」と叫びたくなる表現に出会うことがあります。貝の殻がぴたりと重なるような収まりのよさを感じるときがあるのです。そうでなくても、「こんな受け取り方があるのか」と新しい発見があったり、「自分が感じたのはこうじゃない」と批判的に考えたりなど、詩を通じて詩情は豊かになっていきます。

詩人は私たちを導いてくれる案内人のようなものです。



モノの発達は日進月歩。いつでも、どこでも、誰とでもつながれる時代。こちらの詩情とあちらの詩情が重なったとき、人と人はつながります。詩情と詩情を重ねるときの多くは言葉を使います。インターネットの発展によって、より広く、より深くつながれるようになりました。ところが、実際は孤独を感じる人が多い。なぜなのでしょう。

1つは、言葉への姿勢が変化したからではないでしょうか。わからないことは検索する。ものの数秒で済む作業ですが、自分に蓄えられることはありません。紙媒体の本と電子書籍では、記憶の定着率に差があるという研究結果もあるそうです。言葉は蓄えるものではなく、必要なときにだけ使い捨てるもの。その傾向がこの数年とくに顕著になっているように思います。言葉を使い捨てるから、浅いつながり方しかできない。深いつながり方を知らないと言ってもいいかもしれません。言葉が溜まっていないから想像力が育たない。想像力が育っていないから思いの表現の仕方や受け止め方がわからない。だから浅いつながり方しかできないのかもしれません。

 

映像技術の発展の功罪もあるでしょう。近年のアニメの作画はすばらしく、現実では表現できないものもアニメではできます。一方で、視覚情報が多すぎるため、自分で想像力を働かせて補う必要がありません。想像力を働かせずとも楽しめるから、どうしても受け身になりがちなコンテンツです。意識して想像力を働かせながら見るか、アニメとは別で想像力を働かせる機会をつくるか、どちらにせよ、こちらが能動的に動く必要があります。

 

意識して動かないと言葉や想像力は育まれないですが、ではどうすればいいか。その足掛かりとして、詩をおすすめします。いきなり本を買うのはハードルが高いので、図書館で借りるなり、検索するなりなんでもいいのでまずは触れてみる。最初はおもしろくもなんともないかもしれません。ですがそこで「自分に詩はわからない」と嘆くことはありません。まだ楽しむための下地ができていないだけなのです。ケーキだってスポンジ部分があるから、生クリームやフルーツを盛りつけることができるのです。意味がわからなくてもいいからとにかく触れる。そこから初めてみませんか。

 

それでも何から手をつけたらいいかわからないときは、アンソロジーがおすすめです。気になった作品を何度も読んだり、作者から広げていったりすることができます。以下にいくつか紹介します。






 

 

金子みすゞ宮沢賢治など、一度は聞いたことがある詩人たちの49篇を収めた一冊。かわいい表紙でかばんに入れるのにちょうどいい大きさです。

 

 

自らも詩をつくる小池さんが選んだ41篇。電車を待つホームで、揺れる電車の中で読むのにふさわしい、心に沁みこむアンソロジー

 

 

タイトル通り、日本の名詩を100篇集めた、とにかくたくさん触れたい人におすすめの一冊。作者の略歴もあるのでそこから広げてみるのもいいですね。

 

以上、長々とお付き合いいただきありがとうございました。

詩に触れ、言葉を蓄え、心を育む。

生活は変わらずとも、見える世界は、少しだけ変わるかもしれません。