はじめに
子どもの健やかな成長を願うのはどの保護者もそうだと思いますが、願ったようにいかないのが子育てです。
なぜ子育てはうまくいかないのでしょう。
その理由の一つに、子育てをするうえでの「偏り」があるのかもしれません。
少年鑑別所や少年院、拘置所で犯罪者の心理分析を行ってきた筆者が見た「危ない子育て」とは何でしょう。
"子どもはひとりで勝手に悪くなることはありません"
ほとんどの非行少年は、罪を犯す前に何らかのSOSを出しています。それに保護者が気づかないまま歪が大きくなり、あるきっかけで問題が表出することは珍しくありません。
「私たちは子どものためを思って頑張ってきたのに、子どもはそれに応えず勝手に悪くなった」と考える保護者だった場合、更生の道は険しくなります。
子どもが見せる「問題」は、保護者が適切に関われなかった「課題」の結果です。
"子育ては偏る"
人間は思い込みの生き物です。
見たいものを見て、聞きたいことを聞く。今の自分にとって都合の良い情報を無意識に集めることで生存してきました。
つまり、自分にとって必要な情報を取捨選択しているわけで、生きていれば自然と偏ってしまうのです。
子育ても同じで、様々な子育てや教育方法の中から合うものを選ぶうちに、いつの間にか「偏り=思い込み」が生まれます。
大切なのは、「もしかしから今の自分は偏っているのかもしれない」と自身を振り返り、修正することです。
"親の養育態度に対する認識"
平成23年版犯罪白書によると、非行少年は保護者が「厳しすぎる」「自分のことを気にしてくれない」「気まぐれ」であると感じているとのことです。
いずれの項目にも共通しているのは、保護者と子どもで合意形成が図られていないという点です。
「厳しすぎる」こと自体が問題なのではなく、ルールや取り決めを決めるときに、保護者が一方的に決めてしまい、子どもの意見が尊重されていないために不満を感じるのです。
逆の立場だったら、自分の意見が尊重されずに決められると不満を感じるでしょう。しかし子育てとなると、「子どもは保護者の言うことを聞くもの」「子どもは自分で考える力が未熟である」という思い込みが強く出てしまいます。
子どもの意見に耳を傾けているか、保護者も子どもも納得する内容となっているか、振り返る必要があるでしょう。
おわりに
子育てには「こうすれば必ずうまくいく」という正攻法はありません。ですが、「こうすればうまくいかない」という失敗例はたくさんあります。
私たちは普段、数ある情報の中から必要だと考えたものを選び取っています。何か選ぶということはその他を選ばないということ。考えが偏ったり、思いこんだりするのは仕方のないことです。
「自分はこれが良いと考えているが、本当にそうなのだろうか」
「自分の子どもとの接し方は、これで良いのだろうか」
そうやって振り返ることが大切です。
偏るのは避けられないことだからこそ、自分を批判的に振り返る態度を心がけたいものです。