本読むうさぎ

生きるために、考える

髪の長い女

今週のお題「ゾッとした話」

 

学生で一人暮らしをしていた頃、バイトで夜遅くに帰宅することがたびたびあった。

自宅アパートの近くに寺が道を挟んで二つあり、どちらも敷地内が墓地になっていた。どうやら感じる人は何かを感じ取ることがあったそうなのだが、霊感のない私は特に気にすることなくそこを通って学校やバイトに出かけた。

とはいえ、生け垣の上から少しだけ見える墓石の群れはどことなく人の頭を思い起こさせ、夜は早足に通り過ぎたものだった。

 

その日も日付をまたいでバイトがあり、自宅の辺りは夏の熱気を帯びた静けさに包まれていた。

寺と寺の間の道には街灯が一本あり、乏しい明かりを足下に落としている。

その街灯の下に女性と思しき服装の人がぽつんと立っていた。顔は長い髪の陰になってこちらからは見えない。

アパートに帰るには女性を抜かないといけないのだが、こんな遅い時間に、一人で、しかも墓のある寺の近くに立っているのはどうにも不気味だったので女性が動くのを待つことにした。

少し離れたところで携帯電話をいじりながらちらちらと女性の様子をうかがう。待ち合わせでもしているのだろうか、その場から動く気配はない。

バイトで疲れたからシャワーを浴びてさっさと寝たいのにと思いながら待つこと数分。ようやく女性が動き出した。

アパートがある方向へゆっくり歩きだした女性に合わせ、私も同じ速度で後ろをついていく。相手が変な動きをしてもすぐに逃げられる距離だ。ときおり私がついてきているかを確かめるように振り向くので、距離を保ったまま立ち止まる。

そんなことを何度か繰り返しているうちに自宅の前に着いた。

女性の方を振り向くと、こちらに気がつかないのか、とぼとぼと遠のいていく後ろ姿が見えた。

不気味な人だと思いながら鍵を開けていると、ふと気づいた。

女性が立っているところへ見知らぬ男がやってくる。そいつは一定の距離を保ちながらこちらの後をつけてくる。こちらが立ち止まればそいつも立ち止まる。そしてまたついてくる。つかず離れず、まるで何かのチャンスをうかがうように。

 

女性からしたら私の存在の方がよっぽど不気味だ。こちらが警戒するように、彼女もこちらを警戒していたのだ。彼女が私に恐怖を与えていると思っていたが、私が彼女に恐怖を与えていたのだ。

長い髪の女性の謎が解けた。こちらが恐怖を感じる時、あちらも恐怖を感じているという気づきを得た。

これで今日はぐっすり眠れる。暗闇の玄関でスイッチを手探りで探す。指が冷たいプラスチックに触れる。軽く力を込めると白い光が玄関を照らす。そのとき、指の横を何かが動いた。目をやると、大きく黒々としたGが指先を横切るところだった。

短い悲鳴が夏の夜に響いた。