書く時に書こうとしてはならない。
書くには準備がいる。自己の深部へ潜るための準備が。
縄を伝って少しずつ降りる。地上の騒々しさも、下るにつれ音をなくしていく。暗い底には言葉が小さく光っている。そのうちのひとつを懐に抱きかかえ、降りてきた縄を登る。地上に出て、言葉を置くべきところに置いたら、また縄を降りる。そのように時間をかけ、ひとつずつひとつずつ言葉を拾うことで文章はできていく。
焦ってはいけない。焦って書こうとしたら、とたんに迷子になる。言葉は輝きを失い、縄の途中で降りることも登ることもできずに往生してしまう。
心が言葉を選ぶことを信じる。
心が選んだ言葉を信じる。
信じられるまで待つ。
求められるのは、ひたすらに待つ姿勢だ。
書く時に書こうとしてはならない。
書くために書いた言葉はどこか軽い。
信じて待ち続けてようやく現れた言葉だけを並べる。
それはたとえ少なくても、重い。
容易には覆らず、流されない、確固とした言葉。
書くことは待つことから始まる。
静かに、言葉が現れるのを待っている。